立入禁止

6月13日(水)に放送するテレビ番組、
水トク!「立入禁止の向こう側!ココから先は人間NG」

今回は凶悪独裁者が生んだ
最恐汚染村に潜入!する企画となって
います。

その汚染村はルーマニアに
あるジャマナ村というところです。

そんな本日は汚染村ジャマナの
場所はどこなのか、そして血の湖に
なった理由や原因について調べてみました。

汚染村ジャマナの場所はどこ?

まず最初に汚染村ジャマナはルーマニアに
存在する村です。

google mapでルーマニアのジャマナ村
について調べてみると、ジャマナという地域は
全部で4つありました。

下記のgoogle mapに記された場所が
汚染された村・ジャマナですね。

 

 

ジャマナ村の近くにある血の湖と呼ばれて
いる湖を航空写真で見てみると本当に真っ赤に
染まっていました。

それがこちらになります。

 

血の湖

 

画像を見るとすぐ分かると思いますが、
湖の半分が真っ赤に染まっているのが分かります。

汚染されて真っ赤に染まってしまった湖
なんですね。

汚染された工業排水によってひとつの
村が湖の下に消えてしまいました。

 

驚くことに村だけではなく教会も
湖の下にあるということです。

それがこちらの画像になります。

 

ジャマナの協会

 

環境汚染というのは日本ではもちろん
世界中で問題視されていることだと思います。

そんな中でもジャマナ村は史上最悪の環境汚染
があった村なので今回、テレビの企画として取り上げ
られたと思いますね。

 

気になるのはジャマナ村がなぜ汚染村と
呼ばれるようになったのか、少し歴史を遡って
調べてみたいと思います。

ジャマナが汚染村と呼ばれるようになったのは
ある独裁者が原因だったようですよ。

その独裁者とはいったいどんな人物なのでしょうか。

 

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汚染村・ジャマナになってしまった理由と原因は?

汚染村ジャマナになってしまった一番の理由は
独裁者チャウシェスクの強引過ぎる政策が問題だった
ようですよ。

独裁者チャウシェスクという人物の独裁政治に
よってジャマナに住んでいる村人達を苦しめ環境汚染
にまで追い込んだということです。

独裁者チャウシェスクとは?

ニコラエ・チャウシェスク

名前:ニコラエ・チャウシェスク
生年月日:1918年1月26日 ~ 1989年12月25日
没:71歳
政党:ルーマニア共産党
配偶者:エレナ・チャウシェスク

 

ニコラエ・チャウシェスクという人物の
簡単プロフィールは以上となっています。

1918年に出生し1989年に亡くなった
ルーマニアの政治家ですね。

チャウシェスクはとても頭が切れる人物で
当時の最高指導者で共産党書記長だったデジが
亡くなった後に自分が次期トップになるように立ち回り
党の第一書記に就任することとなります。

 

チャウシェスクは戦略家であり
ものすごく頭が良い人物と言えそうですね。

第一書紀になったあとは国名をルーマニア
人民共和国からルーマニア社会主義共和国に改めます。

少しずつ自分の理想を手にするチャウシェスクは
1967年に国家評議会議長、1974年にはとうとう初代大統領
に就任することとなります。

 

チャウシェスクの独裁政治は着実に進んで
いきました。

ですが、チャウシェスクの独裁政治はひとりだけで
進んで行ったわけではなく妻・エレナ・チャウシェスク
も積極的に関わって行き歯止めが利かない状態に
なっていきます。

1980年に入るとさらに独裁政治は進み、
国民達の貧困、強権的な統治、個人的な崇拝により
内外の批判が高まりデモ活動が起こるまでに発展!

 

一番ひどいなと思った政策が強制的人口増加政策です。

人口増加させることは国の力が上がることだと
考え女性は45歳までに子供を5人以上作らないといけない、
中絶や離婚は許されませんでした。

結果、上記の政策は失敗し捨て子や
ストリートチルドレンが増える結果となって
しまいました。

 

強引な政策によって国民達の貧困が進み
さらに子供を5人作らないといけないなんて言われたら
結果は見えていますよね。

チャウシェスク夫妻は国を私物化していたと
しか言えません。

驚くことに1980年代のルーマニアの貿易赤字は
2兆円を突破したんですよ。

 

国民達が貧困によってどれだけ辛い思いを
したのか手に取るように分かりますね。

独裁政治というのは周りが見えなくなる分、
本当に恐ろしいなと思いました。

1989年12月25日にチャウシェスク夫妻は
今までの独裁政治や国民達のデモ行為により
裁判をかけられ処刑されることとなります。

 

なぜ、チャウシェスクの独裁政治によって
ジャマナが汚染村になってしまったのかはどこにも
情報が載っていませんでした。

チャウシェスクの政策で急速に経済発展を
目指し、他の国から新しい技術や機械の輸入を
積極的に行った結果、ルーマニアの技術では
追いつくことが出来ず環境に悪影響が出た
のではないかと予測出来ます。

こちらについては水トクの番組内で
詳しく放送すると思うのでそちらをチェック
しましょう!

 

世の中にはまだ明らかにされていない事実
がたくさんあるのでしょうね。

それと同時に独裁政治を行って来た
政治家もたくさんいるようです。

 

まとめ

6月13日(水)に放送するテレビ番組、
水トク!「立入禁止の向こう側!ココから先は人間NG」!

ジャマナが汚染村になってしまった原因は
独裁者チャウシェスクの強引な政策によってでした。

独裁政治というのは諸刃の剣だと思いますね。

チャウシェスクの政策によって当時強引に
生まれた子供達は現在、大人になり行き場をなくし
ホームレスになっていたりします。

そのような人達を「チャウシェスクの孤児」や
「チャウシェスクの落とし子」というようです。

世の中にはまだまだ知らない歴史や公に
されていない真実がたくさんあるのでしょう。

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